子どもが自ら生きる力を高め、豊かな個性を育みながら共に生きることを喜びとします。

日本基督教団酒田教会

酒田教会の集会ご案内

●主日礼拝 : 日曜日 午前10時30分∼

どなたでもご出席ください

●聖書を学ぶ会 : 木曜日 午後 1時∼

●婦人会 : 第3日曜日 礼拝後

塚本恭子(つかもとやすこ)牧師のプロフィール

学歴・職歴

1940年 岩手県一関市に生まれる。
1963年3月 岩手大学教育学部数学科を卒業する。
1963年4月~2001年3月 中学・高校の数学の教師として勤務。
青森県公立高校、酪農学園、宮城学院中学高等学校に勤務
2000年4月~2003年3月 宮城学院中学高等学校教頭として勤務。
2003年4月~2005年3月 東北学院大学文学部キリスト教学科で学ぶ。
2005年4月~2011年3月 日本基督教団名取教会牧師として就任

その間に名取伝道所は名取教会になる。

また、東北学院高等学校の「聖書」の教師、尚絅学院大学非常勤講師「聖書入門」を担当する。宮城学院評議に選出される。

2011年4月から一年間無任所教師。宮城学院中高、宮城学院女子大学、宮城学院同窓会、東北学院大学、能代教会、登米教会、田尻教会、角田教会、川平教会、名取教会、みちのくコスモスの会クリスマス礼拝、宮城学院公開クリスマス礼拝などで説教ご奉仕。

特に角田教会は牧師が補教師なので、月一度の説教と聖礼典を担当した。

2012年4月、日本基督教団酒田教会に主任担任牧師として就任。

それによって学校法人酒田双葉幼稚園・酒田双葉託児園の園長に就任する。

家族

トイ・プードル。名前はノンノン。明るい性格の賢い小型犬です。
幼い時から教会員からかわいがられて成長しているので、人に慣れています。

趣味

読書、音楽、絵画、散歩、ジクソーパズルなど。

免許証

自動車の運転免許証、中学・高校教諭「数学」、「聖書」の免許証

塚本恭子牧師の説教より

2012年11月18日の礼拝要約、塚本恭子牧師による説教です。抜粋いたしました。

聖書 マタイによる福音書 22章34~40節 「思いを一つにして互いに愛し合いなさい」

  

主イエスは、旧約聖書の中で最も優れた律法を二つあげています。一つは、申命記6章5節にある律法で「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」です。申命記のこの4つの言葉である、「心、魂、力、神」には「あなたの」という語句が入っているといわれます。とすると、あなたはあなたの心、あなたの魂、あなたの力、あなたの神と言うように、他の人のことではなく「あなたのことですよ」と言われているのです。あなたに対して神が命令しているのです。神とはあなたとの関係の神であるのです。あなたが神を愛する時に、あなたの信仰があるのです。

マタイ福音書にも、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」とあります。ギリシャ語で「心とは、(カルディア)」、「思いとは(デイアノイア)」というのですが、日本語は区別出来ないほどのものです。「精神、魂(プシケー)」は人間の生命(いのち)と同意語と言われます。心、精神、思いを尽くすとは、人間の存在のすべてである、わたしの生命全体を表しているもので尽くすこと、すなわち「命がけで神を愛する」ことを言っているのであります。

キェルケゴールはこのことを『愛の命と摂理』という著書の中で「自分を愛するように」ということで説明しております。自分を愛することと同じように、「命がけで神を愛すること」をいいます。神を愛することによって、自分の存在に愛を感じる、生きることに感謝することを自覚する、これが第一の戒めであるとキェルケゴールはいいます。心、思い、精神を尽くして自分が生きることを愛することが、神の前に立つことであり、真剣に神と関わって生きることになると言うのです。

主イエスは、第二の戒めは「隣人を自分のように愛せよ」。であると言われています。この第一の戒めである、神を愛する自分の存在を認識することなしには、隣人を愛することができないのであります。第一の戒めは、人が何よりも、自分と神との関係を先ず優先にすること、人は自分を大切にする、自分を愛するように創られている存在であることを肯定して、その上で第二の戒めである「自分を愛するように隣人を愛せよ」と命じています。逆に、自分を愛することができない人は、隣人を愛することは不可能であると言われます。自分を大事にすることは、自分の人生を神から与えられた道として、畏敬の念をもって慎重に大切に歩んでいる者のことで、隣人の存在を尊重する者です。決して共に歩んでいる者を嘲笑したり、蹴落としたり、罠にかけたりしない。自分の生きる価値は、隣人と共に生きるところにあることを知っているからです。

私たち人間は、孤立しては生きられない存在なのです。共に生きていくように神から創られている存在なのです。始めからそのように造られた自分であると考えるなら、そのようにある自分の存在を認め、隣の人との関係を生きるのが人生であると決断することが出来るのであります。そのことを、信仰に生きるというのであります。

これに反して、自分だけよければいいと利己的になることや、人のことがどうなっていい、自分の虚栄心のためや、まったく他人をかまわないと思う生き方をすることは罪の中に生きるものとなるのです。罪のままの人は、まったく違った人になる、違った人生を送ることになるのです。

フィリピの信徒への手紙2章には、「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせて、思いを一つにして、私の喜びを満たしてください」とパウロが語ります。

この「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛する」ものは、同じ思い、同じ愛、同じ心、同じ喜びをもつものとなると、パウロは教えているのです。この戒めが、キリストが私たちに与えている律法のすべてであるというのです。だから「めいめい、自分のことだけでなく、他人のことも注意を払いなさい」と言われているのです。「注意を払いなさい」という言葉は、「気を留めなさい」、「目を向けなさい」あるいは「考えなければならない」という意味を持つ言葉です。無関心であってはならないのです。人は自分のことだけで精一杯である、とても他人のことなど考える余地がないと反論する人がいるのなら、まず、他人のことに関わりを持って生活してみてください。

自分のことだけでなく、他人のことを考えて見ると、自分のことに精一杯であったことが、どこかゆとりを持つことが出来るようになるし、他人の立場から、自分を考えることもできるのです。他人に目を向けることが、かえって、自分の心の世界に新しい展望が開けると言うことを経験ができるのです。客観的に自分を捉えることができて、本当の自分を知ることが出来るし、自分の存在を愛せるようになるのです。人とはそのような存在に神は創造されたことを私たちに教えているのです。

教会とは「思いを一つにして、隣人を愛する」という、キリストの体である教会を形成していくところです。人間と神との関係が礼拝で語られ、保たれているのです。

(2013,1,20 主日礼拝まとめ)

日本基督教団酒田教会 機関誌「葡萄の香」

HP用写真教会で発行しているおたよりです。

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